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ロイス侯街道 ─ テューリンゲン州東部の歴史ルート

ロイス侯街道 ─ テューリンゲン州東部の歴史ルート

ロイス侯街道は、バート・ケストリッツからバート・ローベンシュタインに至る、全長約110キロメートルの文化史ルートです。帝国諸侯だったロイス家とその先祖 ─ ヴァイダやゲーラ、プラウエンの城代 ─ が1778年以来支配してきた、テューリンゲン州フォークトラント地方を通っています。ロイス家は、中世の城代から君主に出世して、自らの領地を統治するに至った、ドイツで唯一の家系です。

このルートは、ロイス家が800年にわたって支配していた土地を通り、その一族の歴史を紹介します。遡ることができる最も古い祖先は、12世紀にヴァイセ・エルスター川の両岸に定住し、皇帝フリードリヒ1世 (1152~1190年) から帝国の封土を授かりました。ちなみに、ロイス家の始祖とされるのはエルケンベルト1世です。

領邦君主となったロイス家

元々は皇帝の城代だったロイス家は、後に領主となり、さらには伯爵の称号を得ました。そして、まず本家筋 (兄系) が1778年に帝国諸侯に叙せられ、後の異なる時代に分家筋 (弟系の諸系統) も同等の地位に上りました。多数の系統に分かれて、テューリンゲンのフォークトラント地方を支配していましたが、そのほとんどはすでに断絶し、今日では1系統のみが存続しています。第一次世界大戦までのロイス家は、兄系も弟系も専制的な君主でした。

歴史と伝説

歴史的・文化的な観光スポットの多くが、ロイス侯街道沿いに集中しているのは、ロイス家の領地が小さかったからです。今日なお “ロイス国” では、素晴らしい建物が並ぶ都市や村を目にできます。そして、堅固な城塞やメルヘンさながらの宮殿、古くて威厳のある修道院、ミュージアムが、この地域の歴史的なルーツを詳しく紹介しています。

支配していた土地

ロイス侯の領邦を特徴づけているのが、中級山地である “フランケンの森” とテューリンゲン粘板岩山地の山麓部です。ザーレ川やヴィセンタ川、ヴァイダ川、ヴァイセ・エルスター川が渓谷を創り出し、このあたりの風景をとりわけ魅力的なものにしています。また、森林の豊かな地域であり、ドイツ最大の貯水湖であるブライヒロッホ湖をはじめとして、多数の貯水湖が存在します。

分裂した家系

人生さながらに変化に富んだ土地で、帝国諸侯だったロイス家の足跡を辿ってみてください。そして、実際にはロイス家はどのような家系だったのか、何がバルバロッサ皇帝とロイス家を結びつけたのか、探り出してください。

ロイス侯街道

全長:約110 km

テーマ:帝国諸侯ロイス家、文化

見どころ:
バート・ケストリッツ: ハインリヒ・ポストゥムス・ロイス侯の装飾柩、黒ビール醸造所
バート・ローベンシュタイン: 公園、宮殿
ブルク: 宮殿
エバースドルフ: 宮殿
ゲーラ: ファン・デァ・フェルデ邸
グライツ: 宮殿
シュライツ: ベルク教会、ドゥーデン博物館
ヴァイダ: オスターブルク城
ヴュンシェンドルフ: ミルデンフルト修道院

www.reussischefuerstenstrasse.de